ワシントンDCの鉄道-自治体運営の外資系通勤列車

皆様こんにちは。今日はワシントンDCの鉄道シリーズ最終回、自治体運営の通勤列車について書きます。運行のスキーム、そしてダイヤが非常に面白い鉄道です。

お隣の州からワシントンDCへの通勤列車

ワシントンDCには、アムトラック地下鉄のほか、自治体が運営する通勤列車が2種類あります。メリーランド州が運営するMARC(メリーランド地区通勤列車;Maryland Area Regional Commuter)と、ヴァージニア州が運営するVRE(ヴァージニア急行鉄道;Virginia Railway Express)です。

路線図(MARCVRE)の通り、MARCは3路線、VREは2路線運行されています。いずれもワシントンDCのユニオン駅(Union Station)を起点とし、放射状に郊外に伸びる路線です。ワシントンDCに隣接するメリーランド州・ヴァージニア州からワシントンDCへの通勤需要に応えているほか、一部の路線はメリーランド州最大の都市ボルチモア(Baltimore)とワシントンDCを結んでいます。一部は、さらに隣のウェストバージニア州にも足を伸ばします。
路線の長さは、例えばMARCの主要路線であるPenn線(Penn Line:ワシントンDC~ボルチモア~Perryville)は124kmです。日本でいうと、新宿~甲府123.8kmとほぼ同じ、地下鉄よりもさらに長距離の路線です。

外資系通勤列車が他社の線路を走る?!

日本では、多くの鉄道は自社で線路(及びその他地上設備)と車両を保有し、自社の社員が運行を行っています。(そうでないケースもありますが)

一方、MARCもVREも、自治体の交通局が運営しているものの線路等の地上設備は保有せず、運行は他社に委託しています。

例えばMARCのPenn線の列車は、アムトラックの北東回廊線と同じ線路を走ります。アムトラックの列車も走っていますので、北東回廊線には複数の会社の列車が走っていることになります。ほかにも貨物鉄道であるCSXNorfolk Southernの線路を走る路線もあります。資料で確認はできませんでしたが、各州交通局が線路を保有する会社に料金を支払っているものと思われます。

さらに、これらの交通局は、列車の運行そのものも外部に委託しています。例えば、アムトラックの線路を走るMARCのPenn線の列車の運行は、アムトラックに委託されています。しかし、MARCの駅係員や車掌はアムトラックではなくMARCの制服を着ており、利用者の立場から見るとアムトラックが受託しているということは何も分かりません。

面白いことに、VREの運行を受託しているのは、Keolisというフランス国鉄のグループ会社です。線路を保有している会社でないばかりか、外資もOKなのか!という驚きもあります。無理やり日本に例えると、山梨県の交通局がフランス系の会社に委託して、JR中央線に、しかもJRの列車に交じって、自前で東京行きの列車を走らせているようなものでしょうか。

こちらの記事によると、VREはKeolisに対し、1年あたり21百万ドルで列車の運行と車両の整備を委託したそうです。こちらのアムトラックのプレス資料によると、MARCのPenn線の5年間の運行権をめぐった入札においては、評判の高い強力な競合がいたものの、アムトラックがその運行ノウハウの熟練度という強みによって契約を獲得したとのことです。内情は分かりませんが、少なくとも複数の事業者が応札しているようです。

日本では、日本の鉄道事業者が海外の鉄道の運行権を獲得したり、逆に海外事業者が日本で列車を運行する可能性の検討が進められたりしているものの、まだまだ進行中というところです。しかしここアメリカでは、鉄道の運行者の入札による選定と外資系企業の応札が現実に成り立っています。

通勤特化の思い切ったダイヤ

MARCとVREの面白いところは、運営形態だけではありません。

こちらの写真は、MARCのBrunswick線のRockville駅で撮影した時刻表です。ワシントンDCから直線距離で約25km離れた、メリーランド州の郊外に位置する駅です。
MARC時刻表

見づらいので、拡大し、Rockville駅の時刻に赤い下線を引きました。上の段が、ワシントンDC行き(上り)、下の段がその逆(下り)の列車の時刻です。1日あたり、上り列車が9本、下り列車が10本です。いわゆるローカル線並みの本数です。
MARC時刻表拡大

ワシントンDC行きの列車の時刻を見てみます。
MARC時刻表上り

初列車は朝5:45発で、ワシントンDCのユニオン駅に6:23に着きます。その次の列車は、6:03発、6:32発、6:55発と続きます。ワシントンDCに到着する時刻で言うと、7時台に3本、8時台に3本の列車があり、決して便利とは言えないものの何とか使えるかなという利便性です。驚くべきは最終列車。なんと、午前8:41発の列車がこの駅の最終です!午前中の時刻表だけを切り取ったのではなく、午前中にしか(それどころか、朝にしか)列車がありません。

逆方向を見てみます。
MARC時刻表下りワシントンDCから郊外に帰る方の列車です。初列車は、ワシントンDCを午後13:30発です。(アメリカでは、13:00と書かず、1:00PMと書きます。)続いて、15時台、16時台、17時台、18時台に2本ずつ列車があり、最終は19:25発です。こちらは、午前中の列車が1本もなく、夕方のみの運行です。

しかも、さらに驚きの事実。もう一度こちらの写真をご覧ください。
MARC時刻表拡大黄色の部分にご注目。なんと、列車は月曜日から金曜日しか運行されていません。土日は、一切列車がないのです!

つまり、MARCのBrunswick線は、平日の朝ワシントンDC方面に向かい夕方にメリーランド州方面に帰ってくる輸送に特化している、ということです。逆方向、つまりDC都心に住んでメリーランド州方面の職場に向かう通勤客は相手にせず。日中や週末は、一切運行無し。なんとも潔いダイヤ設定です。

MARCの他の路線、VREの路線も大体同じようなダイヤです。ワシントンDCとボルチモアという2大都市を結ぶMARCのPenn線だけは例外で、朝から晩まで、週末も含め両方向の列車が運転されています。ワシントンDCへの通勤のみだけでなく、メリーランド州最大の都市ボルチモアへの通勤客を輸送するためではないかと思います。また、沿線にボルチモアワシントン国際空港があり、ワシントンDC・ボルチモア両都市から同空港へのアクセスとしてもよく利用されているという理由も、あるのかもしれません。

日本で同じくらいの運行本数のローカル線を見ると、朝から夜まである程度均等に運行されていることが多いように思います。利用のされ方としては、朝の時間の数本の列車が非常に混雑し、昼間は空いていて、夕方にある程度混雑し、夜も空いている、週末は終日空いているというのが典型的かと思います。

同じ本数を走らせるとしたら、アメリカ式と日本式どちらが良いのか?一つの答えがあるとは思いませんが、少なくとも「満足する利用客の人数」で比較するなら、アメリカ方式の方が優れていると思います。ただ、現在の日本のローカル線の地上設備や車両数そのままにアメリカ式の運行ができるかというと、そう簡単にも行かないと思いますが…。

写真

MARC列車MARCの列車です。日本の鉄道と異なり、機関車が客車を引っ張る方式です。2階建ての客車が使われていることが多いです。全て普通車自由席です。

MARC後押しこちらもMARCの列車。機関車が最後尾となるときは、先頭の運転席で運転しています。機関車が後ろから押す、後押し方式で走ります。

Rockville駅先ほど触れた、MARCのRockville駅です。途中駅はこのような簡素な作りの駅がほとんどです。売店も自販機もトイレもありません。左の方に写っているように、パークアンドライドが併設された駅が多いです。駅に改札はなく、列車に乗り込む時か乗り込んだ後の車内で、切符の確認が行われます。貨物鉄道の線路を借りており、立派な複線。MARCのPenn線だけ電化されており、他は非電化です。

VRE列車VREの駅と車両。MARCとよく似ています。

朝のUnion駅
朝のワシントンDCのUnion駅です。ホームには2本のMARCの列車が止まっており、ホームがびっしり埋まるくらいの利用客が下りてきています。

今回は、自治体が運行する通勤列車について書きました。毎度のことですが、こちらの公共交通を知ると、日本との違いに驚きます。お互いに違う歴史的社会的背景の中で形作られてきた鉄道。単純にどちらの方が優れているとか、無いものを取り入れるべきとは言い切れません。しかし、背景にある考え方まで見ることができれば、お互いに学ぶ点は大いにあるのではないかと思います。

今回で、ワシントンDCの鉄道シリーズはいったん終わりにしようと思いますが、これからも面白いことを見つけたら随時書いていこうと思います。

学校は早くも秋学期の前半のタームが終わり、テスト週間に入っています。皆様も良い一日を!

「ワシントンDCの鉄道-自治体運営の外資系通勤列車」への4件のフィードバック

  1. MARCのRockville駅にトイレが無いというのは、目からウロコです。
    日本では、トイレがあるのが当たり前なんだけど、ローカル線の場合メンテナンスが大変で、地元の方が掃除をボランティアでしている駅は良いのですが、そうでない場合は汚いままです。

    1. Otaさん、いつもありがとうございます。
      RockvilleはMARCとアムトラック・地下鉄の乗換駅で、街自体も郡の役所がある中規模の駅ですがトイレはありません。こちらでは、地下鉄駅も含め、駅にトイレがあるということはほとんどないです。良くても最近建設された地下鉄駅で個室が数室あるだけ、という感じです。
      日本のローカル線の場合は、設備が更新できず古いままで、掃除をしてもきれいにならないという事情もあるかもしれないですね。

  2. MARCのRockville駅にトイレが無いというのは、目からウロコです。
    日本では、トイレがあるのが当たり前なんだけど、ローカル線の場合メンテナンスが大変で、地元の方が掃除をボランティアでしている駅は良いのですが、そうでない場合は汚いままです。

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